元気になった桂歌麿あの世への道案内人は圓楽!!徹子の部屋

11月23日に黒柳徹子83歳と元気になった桂歌麿80歳が徹子の部屋で対談しました。
あの世に行くときは圓楽を道案内人連れて行くとか、相変わらずの減らず口を叩いていました。
笑点の司会者を50年努めた桂歌丸は体調を理由に勇退しました。
久しぶりにお目見えした桂歌麿ですが、顔色も良く頭脳明晰で口も相変わらず達者ですが、体重は36kgしかないそうです。
しかしながら気力も充実していて、晩年の笑点の司会者のときよりも元気に回復していました。

いまさら体質改善はできない桂歌麿
桂歌麿は去年と今年の7月に2回腸閉塞になったそうです。
医者は痩せると胃下垂になりやすいので「食べて太れ!!」というそうですが、桂歌麿は今更無理と思っています。
桂歌麿は女郎屋で生まれ育ちました。
そこでは引け飯といって毎日ご飯を食べるのは夜10時ごろでした。
子供だった桂歌麿は一緒に食べていたのです。
現在でもその習慣がついてしまって、 朝ごはん食べたことがないそうです。
手術前はせんべいが好き夜食べてから寝るまでせんべいを食べたとか。
手術後は手が出なくなったといいます。
体力が回復したのか最近また食べれるようになったそうです。
確かに顔の色艶もいいし元気そうに見える桂歌麿です。
せんべいは塩っぱくて硬いのが好きといいます。
黒柳徹子に教えてもらってから甘いものを食べたそうですが、ちっとも太らなかったそうです。
長年の生活でできた体質なので、いまさら変えられないのだろうという歌麿でした。
40代のころ体重は最高50kgまでなれましたが、いま体重は36kg止まりです。
本当は仲が良い圓楽をあっちへ行くときは道案内に連れ行く桂歌麿
桂歌麿は子供の頃は幸せな家庭とは縁遠かったようです。
父は歌麿が2歳頃に他界し、残ったのは嫁と姑の家庭でした。
桂歌麿はそのため早く結婚したかったようです。
21歳で結婚しました。
当時はテレビ・ラジオなくて落語の仕事は殆どなく、
昼間は夫婦で化粧品のセールスやったり、スカーフの縁を縫ったり、マッチのレッテル貼りなどの内職で食いつなぎました。
化粧品のセールスは不得手で、洗顔クリームとポマードを間違って置いてきたりした、女房には売上も叶わなかったといいます。
結婚後60年間の今健在でいるのは貧乏乗り切ったかみさんおかげなので頭上がらないそうです。
まごやひ孫にも恵まれた今、たまに一同集まるとうるさくてたまらないと嬉しい悲鳴をあげるとか。
笑点で悪口を言い合った圓楽が桂歌麿を人間国宝にする会というのを作り7万人もの署名を集めてくれました。
桂歌麿はあっち(あの世)へ行くときは道案内に圓楽を連れて行くそうです。