明石家さんまが熱愛彼女とのスクープを交わす方法とは


2018年4月29日のテレビバラエティ番組「明石家さんまの転職DE天職」では熱愛彼女とのスクープを交わす方法を暴露しました。

1984年に創刊された写真週刊誌フライデ―は当時売り上げを上げるために「明石家さんまの特殊部隊」を作って

さんまを追いかけていました。


創刊したばかりのフライデーとしては

当時大人気だった明石家さんまは何でもネタになるお宝芸能人でした。

社員には金に糸目はつけないといってハッパを掛けていました。



当時25才だったのカメラマン小原玲はさんまのマンションを突き止め日や張り込みました。

さんまのデートシーンを撮影するためです。

しかしさんまはいつも一人なのです。



当時のさんまはいつもデートの時は「一番大きいスキーバック」に彼女を詰めて運んでいたのです。

さんまは「明石家さんまの転職DE天職」の中でも未だかって2ショットは一枚も取られていないと自慢しています。

運搬はタクシーを利用しました。

運転手に運ばせずに自分で持ち上げて後部座席に運びました。

時々中からバックから「苦しい~」という声がもれて運転手が不審な顔をすることもあったとか。

1988年に結婚した大竹しのぶとの熱愛もこのスキーバックが使われたのです。

大竹しのぶと結婚すると騒がれていたので、事務所で待ち合わせをしてバックに入ってもらったそうです。

「やだあ」「苦しい」「苦しい」「そっとして」と大竹しのぶはつぶやいたとか。

そこまで苦労して熱愛した二人ですが、1992年には離婚してしまいました。


剛力彩芽も加藤綾子もバックで運んだのか


なぜ明石家さんまがいまだかって一枚も2ショット写真を撮られていないと自慢した秘伝を暴露したのでしょうか。

もう秘伝は使われることはないからでしょう。

最近噂になったカトパンコト加藤綾子や、剛力彩芽は

スキーバックで運ばれるのを断固拒否したので熱愛が成就しなかったのかもしれませんね。

彼女たちはそんなことまでして愛をはぐくもうとは思わないでしょう。

当時の明石家さんまの若い情熱がなせた業です。

さんまはもう62才です。

一人で50kg近い荷物を運ぶのは体力的限界であることをさとっているのでしょう。

フライデーが生き残っているのはさんまの熱愛のおかげ


さんまが雑誌にスクープされるとさんまがテレビでしゃべってくれるので本が売れたそうです。

フライデーはさんまなら何でもいいから撮って来いといって写真に号令を掛けていました。

その結果今ではフライデーへの登場回数は断トツ1位とか。

志らくはフライデーの編集長と知り合いだそうですが、

編集長は「今あるのはさんまのおかげだ」と言っていたそうです。


明石家さんまが熱愛彼女とのスクープを交わす方法とは・まとめ

フライデーが創刊されてから今年で34年になります。

フライデーの長い歴史を振り返っても明石家さんまと彼女の2ショット写真がスクープされていない一つの秘伝が暴露されました。

追いかけられる経験が最もある明石家さんまの熱愛スクープ対策は格段に進化していることでしょう。

それが加藤綾子や剛力彩芽との2ショットが出てこない原因かもしれませんね。

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